クリスマス・ミステリレビュー④

笑わない数学者/森博嗣(1996、講談社)

 クリスマスレビュー企画ということで、クリスマスパーティが舞台である本書を取り上げる。

 今回はネタバレを多分に含んだ内容となるため、未読の方はご注意頂きたい。

 本作は森博嗣S&Mシリーズの第三作であり、さる数学者の持つ三つ星館という屋敷で行われるクリスマスパーティが舞台である。

 しかしクリスマスという日程に大きな仕掛け、ミステリ的な意義や伏線がある訳ではなく、シリーズの大きな流れとして犀川先生と西之園くんの恋愛模様を描くためであったと思う。(登場人物の心理を雑に読み解くなら、西之園くんが犀川先生とクリスマスを一緒に過ごしたかっただけという単純な話である)

 さて話を本筋に戻すが、本作は所謂「館もの」であるが、奇抜かつ複雑なトリックが多く採用されるS&Mシリーズにおいては割と大味な内容でそれなりのミステリ愛好者なら見取図を一見しただけでトリックがわかる明快さを持っている。

 さりとて、本作の評価がシリーズの中で一枚落ちるかと言えばそうではない。そもそも本作のトリックが平易であり、メインの謎は作中より作外にあることが作者によって名言されているからだ。

 曰く、「笑わない数学者」というタイトルがヒントであるという。

 ただ、この件はこれまでも多くの読者から大多数が納得できるであろう答えが提示されているため、ここでは敢えて言及を避ける。

 今回はクリスマスレビューである。

 なので敢えてクリスマスらしく犀川先生と西之園くんの恋愛模様について考えてみようと思う。

 余談であるが、日本のクリスマスが欧米と異なり、恋人と過ごす日と認識されるようになったのは1980年代にJR東海が流したCMの影響が大きいと言われており。本作の時系列的にクリスマスは恋人と過ごす日と西之園くんは認識していることはほぼ間違いない。ただ犀川先生は情報のインプットの仕方が特殊なので、判断が難しい。

 S&Mシリーズを読んだ方なら当然ご承知のことであるとは思うが、西之園くんは犀川先生ラブである。当人の言によると、第一印象で大嫌いになったそうだが、シリーズ的には開幕時点で既に好感度が振り切れているし、犀川先生も相手が教え子ということで一応は拒んでいるようだが、そんなものはただのポーズである。

 その証左としてシリーズ五作目の「封印再度」では西之園くんを心配しすぎてかなり面白い行動にでるし、その後も順調に関係発展していく。

 ただ、本作ではそこまで劇的なことは起きない。
 一緒の部屋に泊まっただけであり、部屋こそ一緒だがベッドが一緒だったり、隣同士で寝ていたという訳ではない。とはいえ、聖夜に成人済みの男女が同室に宿泊し何も起こらなかったというのは中々不可解と言える。(西之園くんは本作だと二年生であるが、年齢は二十一歳である)

 と言うことで、どうして何も起こらなかったのか、今回はこの点を少し掘り下げてみて考えてみることにする。

 そもそも、この二人の関係性は大学教員と学生などというシンプルな言葉で表せるものではなく、時系列を追うごとに大きく変化している。
 二人の初邂逅は西之園くんが小学五年生の時であり、犀川先生は当時学部の4年かM1あたりだった。当然、犀川にロリータコンプレックスの兆候はないため、この時点では、担当教授の娘でしかない。この時点の関係は甘めに見積もっても兄弟程度が限度である。その後、航空機事故で西之園教授夫妻が亡くなり、犀川先生と西之園くんの関係は父子程度まで発展する。しかしながら、彼らは実際の父子ではないし、西之園くん側も思春期を経て魅力的な女性へと変化していくし、西之園くん側の感情も尊敬や憧憬から恋愛感情的にウェットなものへ変化していく。

 犀川先生も地の文で西之園くんが魅力的な女性であることは認めており、完全に恋愛対象外の子供扱いしている訳でもない。そもそも恋愛などに興味がなさそうな犀川先生ではあるが、物語の時系列が『四季・秋』まで進むと、同じ旅館に泊まってしっかりやることはやってる雰囲気なので、完全に世俗から抜け出した感じでもなさそうだ。

 ならばなぜ、本作の時系列では、聖夜にも関わらず何も起こらなかったのか。

 私が思うに問題は西之園くん側にあると考える。
 西之園くんは父親が国立大学の総長で叔父が警察官僚だったり県知事だったりするなど、かなりのお嬢様である。つまり貞操観念がだいぶお硬いのである。

 見た目や行動は精神状態の不安定さに引っ張られて、チャラチャラしているところも散見されるが、内心は貞淑さの塊。
「自分から誘うだなんてはしたない!」といった風情を感じる。
 つまり西之園くんの基本姿勢は誘い受けである。ところが犀川先生は倫理観が邪魔をするので、自分からは来ない。しかし「封印再度」あたりの行動を見るに、押せば拒まないように思えるし、本作に於いても、犀川視点の描写を鑑みるに西之園くんにチャンスはあったはずだ。

 つまり、何が言いたいかというと……全部、西之園くんが勇気を出さなかったのが悪い。

 それっぽく振る舞っていれば、そのうち相手からアプローチしてくるだろう、などという心持ちではいけないのである。

 自分から積極的にいかなければ、掴めるものなど何もない。

 以上がこの本から読者が得るべき教訓である。
 別段、これは恋愛に関せずとも同様のことは言える。
 何かを成したいと思うなら行動せよ。
 おそらく著者の森博嗣先生はそんなメッセージをこの本に込めたのだ。

written by 花旗

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