透明人間は密室に潜む/阿津川辰海

 次世代を担う特殊設定の名手が紡ぐ4作の短編

 透明人間が病として世間に認知された世界
 アイドルに狂った裁判員達
 超聴覚を持った探偵
 船上での脱出ゲーム

 作者、阿津川辰海氏は自他共に認めるミステリマニアであり、どの短編も作者の滲みでるミステリ愛を感じることの出来る作品である。

 表題作である「透明人間は密室に潜む」は普通に考えれば絶対に捕まることがなさそうな透明人間による殺人を視点を移動させながらスリリングに描いている。
 デビュー作より特殊設定に拘りを持ち、読者の考えも及ばない鮮やかなミステリを世に出し続けてきた作者の良い部分が凝縮された短編である。

 「12人の優しい日本人」は言うまでもなく陪審員の問題点を細やかに描き出した名作「十二人の怒れる男」のオマージュである
 オマージュ元である「十二人の怒れる男」はアメリカにおける陪審制の問題点を浮き彫りにした名作であり、作中では感情的、差別的な振舞いが裁判に与える影響が焦点となっていたが本作スポットライトが当てられたものは「盲信的なファン感情」である。
 アイドルとそれに愛をそそぐファンの関係性をコメディチックに描きながら、しっかりと日本の裁判員裁判の問題に言及する姿勢には感服する。

 他の三作と違い「探偵が特殊」なのが三作目「盗聴された殺人」である。
 本作は「聴覚」に焦点が当てられており、音声情報のみによる推理が行われる
情報の曖昧さという観点から見ると、視覚情報よりも聴覚情報の方が記述が難しい。その上、その曖昧さを含んだ情報を用いて犯人を指摘するとなれば、蓋然性の確保の観点から難易度は跳ね上がる。
 本作は上述2作と比較して地味な印象であったが、実際は聴覚にハイライトを当てた探偵と推理がかなり挑戦的な内容であったと考える。

 最後の一作「第13号船室からの脱出」は些か作風が異なっているように思える。
 客船上での「脱出ゲーム」は他三作と違い充分現実にありえる内容であり、よりリアリティが追求された内容になっているように思う。
 上の三作は飛び道具が切れ味が凄まじいが、本作は拳で殴り合って強いといった印象で、メンバーの多くが「実際にあったら参加したい」と口にしていたこともその証左である。

 本作は当サークルのランキングに於いては年間2位というポジションに収まっているが、投じられた1位票は最多であり、ミステリマニアの心に刺さるものがあったのは間違いない。

 ミステリマニア向けミステリといった趣の強い作風の作者には今後もその方向性で突き抜けて貰いたい。

written by 花旗