ジョン・ディクスン・カーの最終定理/柄刀一

 カーが未解決事件の実録集に自らの解釈を書き記したもの。それは「カーの設問詩集」と呼ばれ、カー生誕100周年のイベントでも目玉展示物として扱われたという。中でもカーが解けた思うという発言と、意味深な走り書きだけを残し、未だにその真相が解き明かされていない「イーストエンド発火事件」は「フェルマーの最終定理」になぞらえ「ジョン・ディクスン・カーの最終定理」と呼ばれていた。

 日本の大学生にしてカーマニアである友坂は、そんな「設問詩集」を持ち主と交渉の末借り受け、自らの別荘にて同じくカーマニアの学生や自らが所属する研究室の指導教授とともに「ジョン・ディクスン・カーの最終定理」に挑む。

 本書は2006年に、カー生誕100周年を記念して作られた日本の作家によるカー・パスティーシュアンソロジー『密室と奇蹟』に収録された同題の短編を長編化したものである。此度の長編化はカーのデビュー90周年を記念した企画なのだろうか。ちなみにこの『密室と奇蹟』も今年8月に文庫化がなされた。

 本書には三つの不可能犯罪が登場するが、それぞれの概略を紹介しよう。

 1つ目は「フランドル魔弾事件」。窓に向かって銃弾を放った女性がまるで正反対の方向にいる男を毛布や窓すらもすり抜けて射殺したという事件だ。この時放たれた銃弾は、善人を避け、悪人には方向も遮蔽物も関係なく命中するという不思議な曰くのある銃弾であった。この事件はカーが警察に助言を加えたことによって解決したと言われている。

 2つ目は「イーストエンド人体発火事件」。いわゆる人体自然発火現象であり、デズモンド・ギャレットという連続放火事件の容疑者と目されていた男が自室にて燃えていることが目撃される。鎮火後に再びその部屋を訪れるとギャレットは左腕だけを残して焼失しており、人体が焼失するほどの炎だったにも限らず部屋の絨毯には焦げ目一つ見当たらない。まるでギャレットの左腕以外だけが不思議な力で燃焼したかのような状況なのだ。カーはなぜ解いたにも拘わらず真相を明かさなかったというのも小さくはない謎だ。

 3つ目はあらすじなどにもあるように現在の事件なのだが、あまり言及しては興を削ぐような気がするので「視線の密室」であるとだけ言っておこう。

 過去の事件2つは如何にもカーが好みそうな怪奇的な手触りであり、3つ目も解決の面白さは劣らない。

 クローズドサークル、登場人物のほとんどがカーキチ、3つもの不可能犯罪と300ページに比してやりすぎで、こってりな作品だ。現実の世界を忘れてとにかくミステリに淫したいという時にお薦めする。

written by 大葺